走シンドローム

栃木×マラソン・ランニングの情報発信や、1児の凡才パパランナーの走った記録などを記事にしています。ランニング関連会社に勤務。

見るエンタメとしての東京マラソン

3月1日に開催を予定されている東京マラソンを「テレビの前で楽しく見る」ための予備知識的なことを、完全なる私見によってまとめようと思います。

ただ何となく見ているマラソンとか駅伝とかを、予備知識や背景を知って見ると、めちゃくちゃおもしろい。2時間目が離せない。知ってる人からしたら当たり前のことばかりつらつら書く予定ですが、あんまり知らん人、今まで何となく中継を垂れ流してた人、素人でも見て楽しめるようにという意図で書きたいと思います。

 

 

日本新記録が出た高速コース

そもそも、日本全国にトップクラスのランナーが走る42.195km(フルマラソン)はたくさんあります。その中でひときわ注目を集める東京マラソンとは何なのか。

一番大きいのはそのコース設定です。東京大都会のど真ん中を走るというだけでもすごいのに、「いい記録が出やすい」コースなのです。2017年に変更された現コース。新宿都庁前をスタートして前半下ったかと思いきや、その後折り返しや曲がり角はいくつかあるとは言え、ほとんど平坦にフィニッシュ地点の東京駅前まで帰ってきてしまいます。「下ってるのに登らなくていい」んです。登りより下りの方が速く走れるのは当たり前ですね。「平坦」というのもキーワードで、細かく登り下りを繰り返しているとそれだけで脚が疲れてしまうので、極力平坦(無理しないでいい)なコースが記録を狙いやすいコースなんですね。

www.marathon.tokyo

実績として、2018年に設楽悠太(Honda)選手が2時間6分11秒で日本記録を更新しました。なんと16年ぶり。
昨年はエチオピアのレゲセ選手が2時間4分48秒で走り抜けました。昨年のコンディションは冷たい雨が降る中で、日本人トップは堀尾選手(中央大学)の2時間10分21秒だったので、その中での2時間4分台というのは非常に価値があるかと思います。
東京マラソンが注目される理由のひとつは、「東京のど真ん中を走る高速コース」ということです。 

 

東京五輪の最終選考レース

高速コースに加えて、一般ランナーが国内外から約35,000人出走します。東京のど真ん中を7時間も封鎖して(準備時間を合わせるともっと長く)開催されるのは、日本全国見ても他に例のないイベントだと思います。今年は残念ながら一般ランナーのレースは中止となってしまいましたが、毎年注目を集めるのは当然ですね。

ただし、今年(2020年)はより特別です。なぜかと言うと、「東京オリンピックの男子マラソン代表、残り1枠の決定戦」だからです。
細かいMGC(マラソン・グランド・チャンピオンシップ)の話は省略しますが、男子マラソンの代表には中村匠吾選手(富士通)服部勇馬選手(トヨタ自動車)の2名が内定しています。残る枠はあと1名ですが、それが決まるのが今回の東京マラソンとびわ湖毎日マラソン(3月8日)になります。

東京マラソンかびわこ毎日マラソンで以下を達成することが、最後の1枠に選ばれるための条件となります。

  • 現日本記録(2時間5分50秒)より速い記録で走る。
  • 日本人で1位になる。

この2つの条件が揃ったら東京オリンピック男子マラソン日本代表3人目になれます。※両大会で日本記録が出た場合は、より速い記録の選手が内定。
この条件を揃える選手が出なかったら大迫傑選手が3人目の代表選手となります。
ちなみに大迫傑選手は現日本記録保持者ですが、3人目の筆頭候補になっているのは偶然の結果論です。ここら辺も非常におもしろいのですが、話が複雑なので割愛します(何度も省略してるMGCの話)。

そして、その大迫選手も今回の東京マラソンに出場予定です。2大会で日本記録を超える選手がでなければ自動的に内定なので(しかも、日本記録なんてそうそう出るものでもないので)、待つという選択肢も多分にしてあったのですが、あえて自分で決めに行くという選択をしました(ここは僕の想像でしかなくて、元々の調整レースに東京マラソンが入っていた可能性もあります)。大迫選手が日本人で1位になったらそれがもう全てですね。

もちろん、1週間後のびわ湖毎日マラソンで東京マラソンを上回る日本記録が出たらそこが決定になるのですが、有力選手の多くが集中し高速コースと言われている東京マラソンの方が記録が出る可能性は高いです。

 

www.mgc42195.jp

 

五輪代表候補の戦士たち

高速コースで繰り広げられる東京オリンピックマラソン代表残り1枠をかけた争い。そこに登場する代表的な選手たちを記載します。まずはこの3名。

大迫傑(Nike←早稲田大学←佐久長聖高校)
2時間05分50秒の日本記録保持者のプロランナー。条件を満たす選手が現れなければ大迫選手が3枠目の代表となります。

設楽悠太(Honda←東洋大学←武蔵越生高校)
2時間06分11秒の前日本記録保持者。大迫選手と同級生(1991年度生)。

井上大仁(MHPS←山梨学院大学←鎮西学院高校)
2時間06分54秒。2018年アジア競技会の金メダリスト(日本人としては32年ぶり)。

唯一の2時間05分台をもつ日本記録保持者と、2時間06分台の記録をもつ2名、この3人が中心のレースになってくることは間違いありません2時間07分台の記録を持つ日本人選手は出場しないことから、現時点ではこの3選手と他の選手の実力差はあるでしょう。
次点で自己記録の良い11名。

山本憲二(マツダ←東洋大学←遊学館高校)
2時間08分42秒

村山謙太(旭化成←駒澤大学←明成高校)
2時間08分56秒

佐藤悠基(日清食品グループ←東海大学←佐久長聖高校)
2時間08分58秒

園田隼(黒崎播磨←上武大学←熊本国府高校)
2時間09分34秒

宮脇千博(トヨタ自動車←中京高校)
2時間08分45秒

酒井将規(九電工←帝京大学←福岡舞鶴高校)
2時間09分10秒

佐野広明(Honda←麗澤大学←浜北西高校)
2時間09分12秒

上門大祐(大塚製薬←京都産業大学←北陵高校)
2時間09分27秒

橋本崚(GMOインターネットグループ←青山学院大学←大分西高校)
2時間09分29秒

岩田勇治(MHPS←福岡工業高校)
2時間09分30秒

一色恭志(GMOインターネットグループ←青山学院大学←豊川高校※仙台育英高校)
2時間09分43秒

2時間10分以内の記録を持つこの11名。調子などもあるので一概には言えませんが、記録だけ見ればここまでの選手がギリギリ日本記録へのチャンスがあるという感じでしょうか。
また、ここに記した選手以外にも昨年9月のMGC出場者や実業団の実力者がずらりと名を連ねます。大学生も複数人エントリーしており、どうレースに絡んでくるか楽しみです。
そして少し異質な選手も2名紹介します。

大六野秀畝(旭化成←明治大学←鹿児島城西高校)
10000m:27分46秒という超スピードの記録を持って東京マラソンに挑戦します。

小椋裕介(ヤクルト←青山学院大学←札幌山の手高校)
今年2月に開催された丸亀ハーフマラソンで日本記録を更新したばかりの選手です(1時間00分00秒)。フルマラソンの記録は2時間12分10秒ですが、ハーフマラソンの記録や現在の調子からすれば十分に上位争いは可能でしょう。

最後にこの選手を紹介させてください

高久龍(ヤクルト←東洋大学←那須拓陽高校)

2時間10分02秒。「10分切り(サブテン)」をしていないランナーの中では一番良い記録を持ちます。東洋大学設楽悠太選手の後輩ということもあり、レース中も互いに声を掛け合うような仲です。僕が栃木県民なので、どうしても期待してしまいます。栃木県、那須拓陽高校出身です。

出場全選手(PDF)

 

日本記録に挑むということ

2時間5分49秒以内の日本記録が基準となりレースが展開され、トップ選手のほぼ全員がこれを狙うという、過去日本では起こり得なかった異常とも言えるレースになります。
トップ選手のフルマラソンの目安として「1キロ3分ペース」というものがあります。このペース行くと2時間6分36秒くらいの記録になります。日本記録を出すには「1キロ2分59秒ペース」で走り続けなければなりません
こんな速いペースで大集団が繰り広げられるのは、過去あり得ないことでした。そんなハイペースで走っていたら42.195kmもたないと思われていたからで、実際1キロ3分ペース以内で走り続けることができた日本人ランナーは過去3人しかいません。なので、各自の目標に合わせた適切なペースで走ることがほとんどでした。でも、今回は日本記録を出さなければならない、そこから脱落したら終わりなんです。
日本人が過去3回(3人)しか達成できていないことを、数十人が一斉に挑もうとしている状況。異常ですよね。

※もちろん脱落したり、そんなハイペースに着いていかずに、自己ベストやその先に繋がる挑戦をする選手も多数いるでしょうし、結果そうなったとしても十分に価値はあります。東京オリンピックを目指すことが全てではありません。ただ、今回の東京マラソンはかなり多くの選手がその高すぎる壁に挑むことを明言しています。

 <日本歴代三傑>
2:05:50 大迫傑(Nike ORPJT)2018年
2:06:11 設楽悠太(Honda)2018年
2:06:16 高岡寿成(カネボウ)2002年

ちなみに1キロ3分ペースは100m18秒です。日本記録を破るとすると、100m18秒を切るペースで走り続けることになります。100m18秒ですよ。めちゃくちゃ速いです。東京マラソンの前に、100mを18秒で走ることがどのくらい速いペースなのか、体感しておくとよりすごさがわかるかもしれません。

 

レースの展望

設楽悠太選手が飛び出すレース展開が予想されます。日本新記録を出した時も、9月のMGCでも、日本記録を大幅に上回るペースで突っ込んでいきました。そして「2時間4分台」宣言をしています。そうなると2分57秒が平均ペースなので、おそらく最初は2分55秒近くまでペースが上がるのではないかと思います。
日本人の争いばかり注目してきましたが、彼らより遥かに実力のある海外選手も複数人出場します。そこのペースがちょうど良ければ、それに設楽悠太選手が乗っかっていく可能性も高いです。
また、「ペースメーカー」と呼ばれる一定のペースで走り続ける大会側が用意したランナーも登場します。彼らは自分の記録のために走るのではなくて、出場する選手をアシストするために途中まで(おそらく30kmまで)走るランナーとなります。注目はこのペースメーカーがどのくらいのペース設定で走るのか。これは大会側が決めることなのですが、現時点ではまだ発表されておらず、大会直前まで検討を重ねて1秒単位で調整されます。どのくらいのペースが設定されるのかわかりませんが、今年のペースメーカーは責任重大ですね。
海外選手・ペースメーカーがどのくらいのペースで走るのか、設楽悠太選手がそれに乗っかっていくのか、それとも単独で飛び出るのか。いずれにしてもハイペースで始まることは間違いありません。

海外男子(PDF)

1キロ3分ペースでも今までの日本人の常識から考えると速いんです。2分57秒ペースで、もしくはそれより速く設楽悠太選手が突っ込んでいったとして、他の選手がどうするのかが最初の注目点です。
仮に逃がすとすると、設楽悠太選手が自滅することを前提とした作戦になってしまいます。そのまま設楽悠太選手が逃げ切ってしまえば日本人1位。他の選手にチャンスはなくなってしまいますからね。
さらに悩ましいのは、残った集団の中で誰が日本記録ペースを作るか、です。変な駆け引きをすると無駄に体力を消費する上に最低ラインの日本記録ペースも達成できないという最悪な展開になってしまいます。ペースメーカーがこの日本記録ラインに設定される可能性もありますね。

仮に設楽悠太選手に誰かが着いていったとしたら、複数人が着いていってハイペースの中で完全なる殴り合いに突入します。逃げ集団と、追い集団との戦いにもなるかもしれません。
逃げは長く逃げれば逃げるほど威力を発揮します。追い集団に対して「なかなか差が詰まらない」と思わせ、焦らせることができればベストです。
追いは早めに詰まっていくことがベターです。逃げていて、ただでさえ無理をしてハイペースで走っているにも関わらず速い段階で追い付かれるというのは、体力的にも気持ち的にも厳しいです。いずれにしても、逃げの自滅ありきにはなってしまいますが…

設楽悠太選手の飛び出しとペース、それに誰がついていくのか、誰もついていかないのか、第二集団を誰が引っ張っていくのか、というのが序盤の注目ポイント。
その中で「逃げ」と「追い」がどういう関係性になるかが中盤戦のポイントです。おそらく5kmごとに各選手のペースが出ると思うので、戦況の判断ポイントになります。

さて、見逃せないのは大迫選手です。日本記録がこのレースで出なければ内定に大きく近づきます。このレースに参加している中で唯一、自分でレースを動かさなくて良い選手であり、日本記録を出さなくても良い選手です(1位になりさえすれば良いし、ならなくても他の選手が日本記録を出さなければ良い)。設楽悠太選手にぴったりついていくのか、第二集団に潜むのか。いずれにしても冷静な選手なので、淡々とレースを運ぶのだと思います。

そしてペーサーが外れる30㎞以降の終盤戦。
今までの国内フルマラソンレースは日本記録がマストなのではなく、日本人1位になるための勝負という雰囲気でした。そのため、終盤戦はペースが徐々に落ちつつもどこでスパートをかけるか、というレース内容だったのですが、今回は日本記録がマストなのです。ペースを落とすわけにもいかず、かつ、1位にならなければならない。ペーサーが外れた後にハイペースの完全なる殴り合いの中で心理戦が展開されます。

こういった視点で見ているとテレビから離れることができなくなりますね。

 

コンディション

記録の狙いやすいコースに、実力のある選手、日本記録が最低ラインという最高の舞台の中で、残すのは気象コンディションです。寒さ、暑さや風の強さによって記録も大きく変わってきます。風の強さや向きによっては前に出て引っ張っている選手が風避けにされて不利になるケースもあります。
過去類をみないレースになることは間違いありません。当日の気象コンディションがそれにふさわしい内容にかどうか、注目です。

 

その他

付け加えたような形になってしまいますが、その他の注目ポイントを簡単に列挙します。
・国内最高記録が出るかどうか(ウィルソン・キプサング/2時間3分58秒)
・日本人の過去歴代ランキングがどのくらい塗り替わるのか。
・3月8日のびわ湖毎日マラソンで、東京マラソンを上回る日本記録は出るのか。

 

長々とした記事になってしまいましたが、「東京マラソンをテレビの前で楽しく見る」ための最低限の予備知識を書いたつもりです。

何度も繰り返しになりますが、これだけ多くのトップ選手が日本記録を最低目標として殴り合いをするマラソンレースは過去ありませんでしたし、未来にも起こらないかもしれません。そういう意味で、今回の東京マラソンは歴史的なレースになると思います。興味のある方はもう少し各選手の情報も集めて見てみるとおもしろいかもしれません!